月夜野焼とは
『月夜野焼』の発症と由来
昭和50年(1975年)1月、群馬県・利根郡・月夜野町(当地、現みなかみ町)にて、二代・福田祐太郎が散策の折、上越新幹線工事現場から排出された削除土が陶土になることを発見しました。

この陶土は、東京教育大学地質鉱物学教室の須藤俊男名誉教授の協力を得て、磁器質流紋岩と判定されました。

以来、研鑽を重ねた結果、陶土脈は月夜野町を中心に大量に分布し、更に、奥利根下に優れた磁器質陶石の存在も確認しました。

これら陶土及び、陶磁石を使って、本格的製土法により、半磁器陶土を完成し『月夜野陶土』と命名しました。

『月夜野焼』は、この『月夜野陶土』を伝習所伝来の技法をもってして作陶し、独自の釉薬(ゆうやく=うわぐすり)で焼成したものです。

●二代・福田祐太郎の詳細についてはココをご覧ください
作家紹介
福田祐泉 1937年生まれ
1970年、釉薬の試作から始める。銅紅釉(辰砂、青銅、綾錦等)を研究開発。夫福田祐太郎を扶助して、月夜野焼祐太郎窯の基礎づくりに20余年をかける。波佐見焼の染付け師であった福田祐太郎の母加茂に師事。染付けを中核とした絵付を担当している。
福田一美 1965年生まれ
父・福田祐太郎の築いた月夜野焼の伝統技法を継承するべく、1989年この道に入る。成型においては祐太郎窯の正統技法の伝承を旨として研鑚を重ねると共に、銅紅釉辰砂の焼成法の探求に没頭している。
福田茄美 1966年生まれ
1985年より父福田祐太郎に師事して技法を習得。その基礎の上に新しい造形の可能性を追求し、またシルバーアクセサリーなど多方面にわたり制作を続けている。
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